食事の後に「ごちそうさま」とか「今日はごちそうだね」とか普通に言っていますが、ごちそうを漢字で書くと「ご馳走」と書きますね。馳走は「駆け走る、走り回る、馬を走らせる」という意味。料理を作るための食材を手に入れるためにあちこちを走り回ることから、この言葉が使われるようになったのです。だから食事の後の「ごちそうさま」は食事を用意してくれた人ヘの感謝の言葉なのです。もちろん、その食べ物を育んでくれた陽の光や、水や土へ気持ちも込めています。
「ごちそうさま」「ありがとう」はとても美しい日本語ですが、日頃はあまり考えず習慣的に口にしている場合もあるかもしれません。ところが10月の半ば、仕事で訪れたある場所で心の底から「ごちそうさま」と手を合わせる料理に出会いました。
熊本県八代の1300〜1700m級の峡谷に囲まれた秘境。平家の落人の逃れた場所としても知られている「五家荘(ごかのしょう)」です。
熊本八代の泉で仕事でしたが、1日お休みをいただいてこちらに足を延ばし、民宿にお世話になりました。木々に囲まれた古民家でいただく夕食を楽しみにはしていましたが、品数の多さ、珍しい食材、素材の風味を損なわない薄味ながら深みのある味わいに圧倒されました。近所の商店で買ったようなものが一つもないのです。そもそも1時間以上車を走らせないとお店はありませんでしたが。
鹿の燻製、ヤマメの塩焼き、ニジマスのお刺身、干し筍とワラビの煮物、きめ細かくしっかりとしたお豆腐、季節の野菜の白和えに酢味噌和え、からりと揚がったムカゴ、親鶏の出汁で炊いた手打ちそば等々、とても数え切れません。デザートはイチジクとキンカンの甘煮と干し柿、梨とサツマイモのシロップ煮。お茶も水が良いので格別に香り高いのです。
「ごちそうさま。とても珍しいものばかり、美味しくて感動しました」と伝えました。宿の女将さんは「小さい頃からずっと親の手伝いをしていたので、掃除や料理や洗濯が大好きなのでちっとも苦にならないのです」。続けて「食材はご近所さんからいただくものも多いので助かります」と。
その時にガラリと戸の開く音がして女性が入ってこられて「たくさん裏庭で採れたから」と、前掛けからコロコロとムカゴをテーブルの上に。あまりのタイミングの良さに私たちは皆で顔を見合わせて笑い声をあげました。
幸せな秋の一日でした。