私の知人は山間の小さな町で代々続く旅館の女将でした。お客の減少と建物の老朽化もあって惜しまれながらも昨年の春に閉じてしまいました。
しばらくして「老人施設の相談役として就職した」と手紙がきました。「相談役と言っても雑用係ですけど」と、ふざけながらも弾んだ筆使いに彼女の意欲が見えます。
数カ月してメールをもらいました。いきなり「山際さん、今の時代笑顔にもお金がかかるのよ」と…。かいつまむと、長年サービス業を営んでいた彼女は、入所のお年寄りは大切なお客さま、誰彼となく声をかけ、笑顔で対応していたのだそうです。するとある日、施設長から呼ばれて「ニコニコと誰にでも話しかけるような非効率なことはやめてください。入所を考えて施設見学にこられた方にだけには愛想良くして」としかられたのだそうです。それから彼女が笑顔を節約したかどうかは書かれていませんでしたが笑顔にもお金がかかる…。考えさせられますね。
お金さえあればなんでも買える。お金で買えないものはない。というのが資本主義の行き着く先でしょうか。近内悠太著『世界は贈与でできている』にこんな話が出ていました。
1900年代にスイスのある村でアンケート調査がされました。村が原子力発電所からの廃棄物の処理場の建設を受け入れるのに賛成か反対か。結果は賛成が51%だったのだそうです。2度目のアンケート調査が行われました。それには建設を受け入れれば村には多額の補償金が支払われるとの一項が加わりました。その結果は信じられないことに賛成が25%に減ってしまったのです。住民は原子力の恩恵を受けているのだから負担も引き受けなければとの「公共心」からの賛成だったのに、お金と引き換えというのでは話が違うと思ったのだそうです。ほっとする話ですがこういうことは意外に身の回りにも多くありそうです。
金で買えないものをあれこれと思い浮かべられる人は幸せかもしれません。コロナで経済格差が広がっています。それを不幸な結果で終わらせないために私たちが考えることはたくさんありそうです。
「太陽のエネルギーも空気も無料で使っている」とは私の中学校時代の93歳になられる美術の先生の言葉です。